アレキサンダーファン
2018年11月掲載
第75回 アレキファン的「ホルンの“ホ”」
伴野涼介 ホルンリサイタル

 読売日本交響楽団ホルン奏者であり、我がアレキサンダーホルン アンサンブルジャパンのメンバーでもある伴野涼介氏が、地元つくば(10月5日)と東京(同8日)で初めてのソロリサイタルを開催。東京公演の方を聴かせていただいた(ピアノは下田望さん)。場所はキューピーホール。渋谷の新しいキューピー本社2階にあり、開放感あふれるガラス張りの小ホールで、まるでサロンコンサートのような趣がある。
 プログラムにはマイナーな曲ばかりが並んでおり、唯一の有名曲であるベートーヴェンのホルン・ソナタでさえも[チェロ版]を演奏するという凝ったものだったが、終わってみれば「なるほど」と思わせる選曲であった。特に謳ってはいないが、作曲者の出身地を見るとフィンランド→フランス→ドイツ→オーストリア→スウェーデン→ルーマニアと、まるでヨーロッパ一周ツアーになっていた。
 なおプログラムノートも伴野氏自らが執筆しているが、ただの曲目解説に終わらず「どうしてその曲を知り、選んだか」とか、自身の目を通した曲の印象なども書かれていて、演奏者との距離がぐっと縮まると同時に、聴いたことのない曲にも親近感の湧くものになった。



「なぜ今までほとんどチェロ版が演奏されてこなかったのか」と感じるほど

 1曲目はサロネンの《ホルン・ミュージック第1番》。作曲者のサロネンは、指揮者のエサ=ペッカ・サロネンであり、若い頃にホルンを学んだそうだ。演奏が始まると、さすが下吹きのエキスパートだけに、まず開放的でパワフルな低音とその安定感にグッと心を掴まれる。使用楽器はアレキサンダー103だが、イメージされるような“ブリリアントサウンド”とはちょっと違い、ダーク気味のアレキサンダートーンであり、低音に限らずとも密度感と重量感のある音が印象的。不自然に感じさせるような表現の作り方をしていないので、込められた感情がストレートに聴き手に届く。
 2曲目はダマーズの《パヴァーヌ変奏曲》。パリ音楽院の副学長を務めた作曲者の“エスプリ”の表現に、音色もガラッと変化、自然に軽いヴィブラートもかかり、優しい表情になった。ただ決して弱々しくはならず、訴えかけは強いまま。特に強く感じたのは、曲全体で見ても、フレーズの中でも、力を入れるところと抜くところの使い分けが見事なことだった。
 ベートーヴェンのホルン・ソナタは前述のように、チェロ用に書かれたパート譜を使った演奏。解説から抜粋すれば「ホルンパートはナチュラルホルン(中略)のために書かれていますが、現代のヴァルブホルンであればチェロ用の楽譜も演奏可能」というのがその理由だ。ナチュラルホルンでは出る音が少ない低音もチェロなら自由自在に弾けるから、低音での速い動きやメロディアスな表現があちこちに出てくるのだが、それを身の詰まった音で、なおかつ軽々と吹いてのける伴野氏のホルンが実に魅力的に聴かせる。冒頭から中〜高域は音を短めにしてあえて軽めの表現をしていたが、それがまた良い対比を見せた。ホルン吹きなら聴き慣れた(あるいは吹き慣れた)この曲を、とても新鮮に聴くことができ、また新しい魅力を発見することができた。むしろ、「なぜ今までほとんどチェロ版が演奏されてこなかったのか」と感じるほど(まあ、特に低域での難易度が跳ね上がるからだと思うのだけれど)。個人的にはこれがもっとも心に残る演奏になった。



シリアスなのか冗談なのかわからない感覚

 休憩をはさんで後半は、無伴奏でピルヒナー《野と、森と牧草地の独奏曲》。ピルヒナーと言えばホルン四重奏曲《Born for Horn》で知る人も多いかもしれないが、あのシリアスなのか冗談なのかわからない感覚(たぶん、両方)がこの曲にも溢れていた。R.シュトラウスのホルン協奏曲第1番を思わせるような勇壮なフレーズで始まり、上へ下へさんざん駆けまわって最後は超低音を全力で吹き鳴らす第1曲。次は寂しげなジャズバラード風なフレーズで始まり、テクニカルなアドリブ風の音型を繰り返しながらステージを歩き回ったかと思うと、吹きながらロビーに出て行ってしまった。戻ってくると思わず拍手が湧くが、それを制して次の曲へ。静かな悲歌のような曲調をしみじみ聴かせるが、なぜかメガネを上下させる動作も(たぶん、楽譜の風変わりな指示を解釈した結果だろう)。その後も楽器を指でタップしたり、音を出さずヴァルブだけを動かしたりを間に挟みながらも超絶技巧を披露し、最後は重音で締めた。
 アルヴェーン《悲しい夜想曲》ははたまた打って変わってしっとりと聴かせる。中低音のもの悲しい静かなメロディで始まるのだが、次第に感情が高まってむせび泣き、静まっては再び感極まる、この波のように打ち寄せる悲しみを十二分に表現。何より、引き締まっていて「訴える力の強い弱音」に息を飲むことが多かった。
 ラストはルーマニアで生まれて作曲・指揮と副科でホルンを学び、後にフランスで活躍したコスマの《ホルンとピアノのためのソナチネ》。軽妙なピアノの上で息の長い、うねるような旋律を濃厚に奏でる第1楽章。第2楽章は浮遊し漂うようなメロディ中、ヴァルブを使わずに口や右手で微妙な音程の変化を付ける技法が、音楽にとてもマッチしていた。終楽章は民族舞踊的で、動きはありながらも地に足を付けたような着実な歩みが特徴的だった。



様々なアイディアに満ちたリサイタルだった

 アンコール1曲目のグラズノフの《夢》の後、「このホールで一番効果を発揮する曲です」とアナウンスして吹き始めたのはイエッセルの《おもちゃの兵隊の行進》。つまりあの「キューピー3分間クッキング」のテーマ曲! これには誰もが思わず笑顔になった。このように、リサイタルは最初から最後まで――選曲からプログラムノートまで含めて――伴野氏らしい、様々なアイディアに満ちた内容で、聴き手はそれを素直に楽しむことができたのだった。



文:アレキサンダーファン編集部 今泉晃一


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