アレキサンダーファン
2015年09月掲載
プロフィール
三村総撤(みむら・そうてつ) 三村総撤
(みむら・そうてつ)

埼玉県和光市出身。13歳よりホルンを始める。
埼玉県立芸術総合高等学校音楽科卒業。東京藝術大学音楽学部器楽科卒業。同大学院音楽研究科修士課程修了。修了と同時に日本センチュリー交響楽団へ入団、現在に至る。2009年、小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクト]に参加。同年、第30回霧島国際音楽祭に参加。これまでに須山芳博、守山光三、西條貴人、日高剛、五十畑勉の各氏に師事。木管五重奏「Wind Quintet SONORITÉ」メンバー。
●三村総撤HP:
http://mimura.conmoto.jp/
●Wind Quintet SONORITÉ:
http://wq-sonorite.com/


使用楽器:
アレキサンダー 103MBL
使用マウスピース:
シュミット11

第45回 プレーヤーズ
三村総撤 インタビュー

国内外のホルンプレーヤーにスポットを当て、インタビューや対談を掲載するコーナー。
ホルンについてはもちろん、趣味や休日の過ごし方など、
普段知ることの無いプレーヤーの私生活についてもお伝えします。



意識に強く残っているのは、やはり下を吹いているとき

─ホルンを始めたきっかけは?

 中学校の吹奏楽部で始めました。実は父がハープ奏者で、陸上自衛隊の中央音楽隊で演奏していました。今はもう定年していますが、当時演奏会にもよく行っていました。ただ、中学生になったときにあまり吹奏楽という考えがなくて、友だちに誘われて最初にドラムを体験し、もうハマッてしまいました(笑)。「これ絶対やる!」と思って、仮入部期間の8割くらいはドラムを叩いていました。さすがに先輩に「他の楽器も体験して来たら」と言われてホルンも吹いてみたのですが、全然印象に残りませんでした。でも正式に楽器を決めるときにホルンを第3希望に書いておいたら、ホルンになってしまい、1か月くらいふてくされてました(笑)。そのおかげで今こうしていられるわけですから、不思議なものですね。


─そのうちホルンが面白くなってきたわけですよね。

 嬉しいことに、1年生のコンクールは打楽器で出してもらえたんです(笑)。それで満足したのか、ホルンに打ち込むようになりました。僕はもともとジョン・ウィリアムズの音楽が好きで、その他に恐竜も好きなので《ジュラシック・パーク》が大好きで、そのテーマをホルンで吹けて大喜びしていました。でも低音楽器にもすごく憧れがあって、バリトンサックスとかテューバのパートをホルンで一緒に吹いたりもしていました。


─今下吹きをしているのも、その頃からつながりがあるような気がしますね。

 日本センチュリー交響楽団では2ndを吹いているのですが、僕自身そういう志向があるのかなと思います。


─東京藝大在学中は上吹き、下吹きと決めないですよね。

 バランスよく上下吹くようにしていましたが、意識に強く残っているのはやはり下を吹いているときですね。


─話は戻りますが、高校も音楽科なんですよね。

 はい。あまり知られていないかもしれませんが、埼玉県立の芸術総合高等学校というところで、僕は4期生です。須山芳博先生が専任の先生で、そこで初めて専門のレッスンを受けました。あとはソルフェージュの授業が記憶に残っていますね。音を聴いて書き取るということは初めての体験でしたし、音楽理論の授業も面白かったですね。特に和音には興味を持っていて、授業とは関係なくジャズのテンションコードの話などを先生としていました。
 高校でも吹奏楽部に入り、1年生はBの部で西関東大会金賞を取り、翌年からAの部に出て3年生のときに西関東大会で金賞(代表にはなれず)を取りました。そこで演奏したコダーイの《「孔雀は飛んだ」による変奏曲》は強く印象に残っています。


─大学では?

 1、2年生のときが守山(光三)先生、3、4年生が西條(貴人)先生でした。守山先生のレッスンは、もう目からうろこが落ちまくりでした。「ホルンを吹くにあたって口の中がどうなっているか」とか、考えたこともありませんでしたから。それは今もすごく役立っています。身体の使い方とか、とにかくすべてを理論的に説明してくださいました。自分のイメージと違ってうまく行かないこともあれば、それを抜け出して「ああ、こういうことだったのか」と思うこともすごく多くて、ただただ感謝です。自分でいろいろ試してみるときに「これだ」と確証を持つための一番大きな材料になってくれました。
 でも音楽面ではものすごくロマンティシズムを持った人でしたね。ちょっとしたフレーズひとつ取っても、先生独自の視点からロマンティックにする解釈を与えてくれるんです。きっと“ロマンティシズム”が先にあって、それを実現するためにあそこまで理論的になったのではないでしょうか。だから理論のことだけを考えると行き詰ることもありました。「これをするのは、何のためなのか」を考える必要があるということを、今になって思います。


三村総撤

─西條さんのレッスンはまるで違ったのでは?
 至ってシンプルで、レッスンの9割は「息」でした。「息で全部が決まる」ということですが、当時は理解できなくて。今になっていろいろなことを再構築してみたら、「とどのつまりは息になるんだなあ」と納得しています。我々って普段から息をしてるじゃないですか。だから、自分が出す息のイメージを固めていかないと進化はないと思います。「では自分の思うような息を出すためには身体をどう使うか」まで掘り下げて行けたら、後は楽になると思うんです。




自分自身で音楽の指針を持って、その上で1stの方向性を察知して作っていく

─先ほど、「下を吹いているときの方が意識に残っている」という話がありましたが。

 大学時代から自分の中では、「自分は下吹きだ」と強く思っていました。ホルンアンサンブルでも、一番下のパートを吹くことが多くなっていました。


─日本センチュリー交響楽団にはいつから?

 大学院の2年目の8月にオーディションがありました。全部で8回オーディションを受けたうちの3回目のセンチュリーです。そして10月から3月まで試用期間があり、2012年に卒業と同時に正団員になりました。


─すでに4年目になるわけですが、いかがですか。

 ずっと必死に過ごしてきたという感じですね(笑)。自分の甘さが露呈して、それを再認識し、反省して成長していく過程でした。オケマンとしては、N響に移られた木川博史さんが、同僚として僕を育ててくださったと言っても過言ではありません。あれこれ指導するということではなく、本当に必要なときに口を開くだけで、ただただ横でプロのオケマンとしての姿勢を示してくださいました。ものすごく厳しいときもありましたが、そうやって僕に対して「ここまで来い」と示してくださったことには、ものすごく深く感謝しています。


─下吹きの難しさのようなこともありましたか。

 ホルンは4人各々仕事が違うわけですが、その中で2ndホルンとしてあるべきスタンスというものを、ずっと模索していました。木川さんと吹いているときにはまだそれを見つけられませんでしたが、N響に移られたあとに「自分で何とかしなければ」という気持ちが芽生えて、それが大きな転換期になって意識ががらりと変わったように思います。
 そもそも「人について行く」ということが違うじゃないですか。素晴らしい下吹きの方々になると逆に「ここだよ」と示してトップがそこに乗っかるくらいのレベルですが、そこまで行かなくても同じラインで同じ音楽をしていきたい。トップに付ければいいというものではなくて、僕が意識しているのは「1stホルンがどこを聴いて、何を作ろうとしているのか」をあらかじめイメージするということです。自分自身で音楽の指針を持って、その上で1stの方向性を察知して作っていくことをしないと、多分いつまでたっても合わない。自主性を失ってはいけないということに気づきました。


三村総撤

─それには相当アンテナの感度を上げておかないといけないですね。
 2ndだからとか関係ないんですよね。聴かなければいけない情報をオケ全体から受信しておかないといけない。自分が曲を練習するときも、「自分ならこう作る」というスタンスでいないと、対応できないわけです。僕としては、「自然に聴かせる」ということが、大元になるかなと思います。つまり、お客さんにとっても2ndホルンという存在が気にならないということがベストなんです。必然的に、ストイックにならないとやっていけないポジションかもしれませんね。それに対して4thホルンなどはやや開放的であるべきだと思います。



今の自分にとっては「ジャズ」と「アレンジ」がポイント

─お使いの楽器は?

 アレキサンダー103MBLです。最初のアレキサンダーは、大学に入る前に買ってもらいました。以来ずっとですね。


─どこが魅力だと感じていますか。

 何と言いますか、やはり音が良いですよね。特にfの音の伸びが好きですね。1音吹いただけでも芯のある音で訴求力がすごく強い感じで。
 あと面白かったのは、僕はもともと押しB♭で吹いていたのですが、あるときから押しFにしたんです。そうすると親指がフリーな状態で吹くので、音にストレスがなくなったような気がしました。逆にペダルトーンは開放Fだと制御が効きづらい響きになっていたのが、親指を押すことでまとまりが出たような感触を持ちました。


─今、日本センチュリー交響楽団のホルンセクションはどんな楽器を使っていますか。

 現在は首席が不在なのですが、3rdの向井和久さんはトリプルの303、4thの森陽子さんは103ですので、全員アレキサンダーですね。吹いていると「やはりアレキサンダーによるセクションの音は良いんだな」と思いますね。


─ジャズを吹くときも103なんですよね。

 そうです。今は他に吹く楽器がないということもありますが(笑)。でも僕がジャズをやる上で思っていることは、いわゆる「ジャズホルン」という音色ではなく、クラシックで使われるホルンらしいホルンの音をそのまま持ち込みたいということなんです。スタイルはジャズだけれども、音色はアレキサンダーというのが理想です。


─ジャズと言えば、大阪で東谷慶太さんと一緒に演奏したそうですね。

 “ツインホルンズ”と銘打って、2本のホルン+ジャズトリオという5人編成でセッションをしました。
 実は高校生のころから「ジャズホルン」という単語がうっすらと頭にあったのですが、どう手を付けたらいいかわからず、大学時代も1人でなんとなくジャズっぽく吹いたりしていました。あるところで慶太さんに会ってお話しをさせていただいたら、その場で「やろうよ」と言ってくださって。


三村総撤

─クラシックとはまた違う世界ですよね。
 譜面はおおまかにしか書いていませんし、尺も決まっていない。何よりアドリブをしなければならないので、マイナスワンを自由に作れるアプリを使い、それに合わせて練習しました。ただ、高校時代から和音に興味があったり、大学の和声の授業が好きだったので、その理論を応用しつつ耳を使ってやっているところもありますね。


─アレンジもよくされるとか。

 はい。5月に行なわれた“つの笛集団”の第34回定期演奏会でも2曲提供させていただきました。《Anniversary Composer’s Medley》は今年アニバーサリーイヤーとなるデュカス、シベリウス、グラズノフ、パーシケッティ、それにフランク・シナトラの曲をメドレーにしました。演奏会のメインとなった《Jazzic Classic Hornic!》の方は「ジャズとクラシック」というキーワードで、メロディを選んで曲を作りました。この2曲で半年間かかりましたけれど、楽しくやらせてもらいました。


─以前からアレンジはされていたのですか。

 最初は高校生のときですね。部活の仲間に頼まれて打楽器アンサンブル用にデュカスの《魔法使いの弟子》を編曲したのが最初だったと思います。父がアレンジをしていた関係で楽譜制作用ソフトがあったので、中学生の頃からパソコンでよく楽譜をいじって遊んでいたんです。それが役に立ちましたね。高校のときには文化祭でやった《オペラ座の怪人》のミュージカルのアレンジもしました。その頃から自分の書いた音が現実になる喜びを覚えるようになり、アレンジが好きになりましたね。大学4年生のときには《ティコ・ティコ》をホルン4人とカホンのためにアレンジしたりしました。


─そういう経験があるから、ジャズのアドリブも行けるんですね。オリジナル曲を作ったりはしないんですか?

 作曲はしないですね。中学・高校のときに作曲して仲間同士で演奏したことはあったのですが、大学に行くと作曲科とか楽理科に音楽理論のスペシャリストがいるわけですよ。その中にあって、自分のメロディを作ることは封じました(笑)。でも、やはり憧れが強かったせいか、ほんの少しではありますが曲を書いたりもしています。
 アレンジって、もともとあるメロディを「こんな背景でも見せられるよ」というものなんですね。ちょっと2ndホルンに通じるところもあって、1stが作ったキャラクターがもっと良くなるように広げて行くという楽しみですね。一方で「自分がこうしたい!」という欲求をすべて晴らせるのがジャズなんです。
 大阪でウインドクインテット・ソノリテという木管五重奏を組んでいるのですが、今年の4月の東京公演のアンコールで、以前アレンジした《チュニジアの夜》を演奏しました。実は僕が今一番興味があるのが、木管五重奏のジャズアレンジなんです。


─いろいろ広がっていますね。

 父と一緒にアウトリーチの仕事をしているのですが、ハープとホルン用に《枯葉》をアレンジしたりもしています。父と2人で演奏ができるなんて、幸せだなあと思います。
 今の自分にとって、「ジャズ」と「アレンジ」というのがポイントになっているなと思いますね。もちろんホルンも上手になりたいという意識が強くあるので、その3つをバランス良くやって行きたいと思います。全部影響し合っていますからね。


三村総撤



「趣味」のコーナー

─まずは恐竜の話を……。

 そこ掘り返しますか?(笑) 今は趣味というほどではないですけれど、恐竜展のようなものがあると行ってしまいますね。小さい頃は本当に好きで、幕張メッセの《大恐竜博》に連れて行ってもらったのですが、1回目は怖かったのか入り口で泣きだしてそのまま帰って来たそうです。2回目はすんなり入って、帰ってしばらく恐竜の真似をしていたそうです(笑)。


─お気に入りの恐竜とかあるんですか?

 まあティラノサウルスは定番ですよね。でも僕はそれよりもセイスモサウルスという首の長い巨大な恐竜とか好きですね。あと映画『ジュラシック・パーク』に出てきた、賢くて集団で狩りをするヴェロキラプトルとかも好きです。恐竜の他にもサメが好きだったりするので、大きくて怖い動物が好きなのかもしれませんね。人間では太刀打ちできないところに、畏敬の念を感じるのだと思います。


三村総撤

─他に興味があることなどありますか。
 小学生の頃から環境問題にすごく興味があって、6年生のときには環境庁の長官になりたいと思っていました(笑)。今でもゴミには気を使っていて、紙ゴミなどはなるべく捨てずにリサイクルに回すようにしています。
 あと、歩いていて落ちているゴミを見つけたら気軽に拾って持ち歩けるようなグッズがあるといいなと思っています。自分のファッションを乱さないようなもので、なおかつさりげなくゴミを拾って持ち歩けるようなものができたらいいなと。1人ひとつでもゴミを拾えたら、だいぶきれいになると思うんですよね。
 それと同じことですが、最近読んだ『フランス人は10着しか服を持たない』という本に感銘を受けて、「最小限で生きて行くことが、結果自分を幸せにする」と思うようになりました。服を減らすことで、服選びに使っていた時間を他のことに割り当てることができるということも書かれていましたが、自分の選択肢を減らすことでむしろ自分のやりたいことができるようになるのではないかと思っています。




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