アレキサンダーファン
2013年11月掲載
プロフィール
岸上 穣(きしがみ・じょう) 岸上 穣
(きしがみ・じょう)

1985年浜松に生まれる。12歳よりホルンを始め、京都市立音楽高校(現:京都市立京都堀川音楽高校)を経て、東京藝術大学を卒業。フランクフルト音楽大学を首席で卒業。 第74回日本音楽コンクール入選。第80回同コンクール第2位。第23回日本管打楽器コンクールホルン部門第1位。京都芸術祭毎日新聞社賞受賞。讀賣新人演奏会に出演。ホルンを冨成裕一、小山亮、森 陽子、守山 光三、西條 貴人、Esa Tapaniの各氏に師事。デトモルト国立歌劇場の研修生、ヴィースバーデン・ヘッセン州立歌劇場契約団員を経て、現在、東京都交響楽団団員。Travel Brass Quintet、Brass Ensemble ZERO、つの笛集団メンバー。

使用楽器:
 アレキサンダー 103MBL
使用マウスピース:
 シュミット85
 (リム内側をピンクゴールドメッキ+エクスト処理)

第38回 プレーヤーズ
岸上 穣 インタビュー

国内外のホルンプレーヤーにスポットを当て、インタビューや対談を掲載するコーナー。
ホルンについてはもちろん、趣味や休日の過ごし方など、
普段知ることの無いプレーヤーの私生活についてもお伝えします。



─東京都交響楽団(以下、都響)に入団されて、もう4年経つのですね。

 長年首席を務めてきた笠松(長久)さんと、重なってはいますが入れ替わりのような形で入団しました。都響の世代交代も一段落したような感じで、金管の中でついに僕は下から2番目になりました(笑)。6歳も下のトロンボーンの青木(昴)君が入ったので。


─岸上さんの現在のポジションは?

 上吹き、主に3番です。有馬(純晴)さんと西條(貴人)さんが首席なので、トップは基本的にこの2人が吹いています。長年笠松さんが作ってきたサウンド感のようなものは、都響のホルンセクションとして守ろうとしているのを感じます。ただ、僕もそうですが、若い世代の人々はこれまでずっと都響の音を作ってきた方々の意図を汲み取ろうとしながらも、少しずつやり方が変わってきているような気がします。指揮者による影響が以前よりも大きくなっているのは、そのひとつかなと思います。特に、2015年に大野和士さんが音楽監督に就任することが決まっていますので、これからが面白いところではないかと思います。
 でも、“溶け合おう”とするサウンドだったり、pを大事にするところ、音の立ち上がりなどは都響の持ち味であり、根本的な部分は変わっていないと思っています。金管としては大変なところではありますが(笑)。


─「音の立ち上がり」というのは、具体的に言うと?

 例えばアタックのときに、クラリネットがフッと音を出したり、弦楽器がアップボウですっと入ったりするような音の立ち上がりに、いかに近づけるかです。もちろん明確なアタックは大前提ですが、金管でも音の立ち上がりをできる限り静かにしています。それは、息をいかに自然に出せるかにかかっていると思います。

岸上 穣

 





吹く前にアンブシュアの準備をしない=力まないということ

─以前お話をうかがったときに、「前もってアンブシュアを作らずに、息をいれてふっと音が出せるのが理想」とおっしゃっていましたが。

 そうですね。以前はアンブシュアを作ってからでないと吹けなかったのですが、極力準備する時間を短くして、吹く直前に一瞬作って音を出すというやり方に、ここ1年くらいで切り替えました。いくら準備しないと言っても、アンブシュアが崩れたまま音を出してしまうと調子を悪くする危険性があるのですが、自分の中では最大限我慢して準備の時間を短くするようにしています。


─それは、アンブシュアを強く意識することなく、マウスピースを自然に当ててそのまま音を出すということですか?

 それとは少し違います。「準備する」やり方は、まずアンブシュアを作ってからマウスピースを当てて音を出します。それに対して「準備しない」やり方はもちろん適切な場所にマウスピースを当てはするのですが、前もって力を入れないということが大事なんです。力を入れない状態で息を吸って、止めずにそのまま吐き出す、その瞬間にアンブシュアを作るという感じでしょうか。
 そうすると力む時間が少ないので、唇がフレッシュな状態で吹けますから、高い音でも自然な発音で出せるようになります。あらかじめアンブシュアを作っておくことは、口の周りが力んでいることになりますから、硬い感じの音になってしまいがちなんです。見ていると、国内の有名なプレーヤーさんたちも、口の準備に時間をかけていない人が多いように思います。


─なるほど。唇と口の周りの筋肉が固まってしまうと音も硬くなるという。

 舌も固まると思います。僕は、舌も力みがなくアタックするのが理想だと思っていますので。口を準備するとどうしても舌にも力が入り、息と舌のタイミングがずれたり、それで音がつぶれてしまったりということがありました。先日つの笛集団のキャンプで近い世代の人を大勢教える機会があったのですが、「自分と同じところで引っかかってるな」と。力みを取ると、音のストレスは減るかなと思います。それを感覚でできてしまう人も多いと思うんですけれどね。


─それは、アンブシュアの形とはまた別の話ですよね。

 そうです。アンブシュアはアンブシュアで良い形を作る必要があります。僕も真ん中で吹いてはいないのですが、要はアパチュアがきれいな丸になっているかどうかですね。例えば息を入れたときにポッとアパチュアが膨らんでしまうと、音もボンと出てしまいますから、アパチュアの中心部は柔らかく丸いイメージで、息を出しても一定の形を維持できることが必要です。これは、低音を吹くときも同じだと思っています。


─でも、アパチュアは見るわけにいかないですね。

 だから、レッスンではノーアタックの練習をします。アタックなしで息を入れたときにアパチュアがしっかりしていれば、プッと音が出るはずです。でも音が出る前にまず息ばかりが出てしまうのは、アパチュアが開きすぎか、イメージが丸でなく楕円になっているのだと思います。
 そうやってきちんとしたアパチュアを作ったら、アタックはそこに硬くない舌をチョンと付けます。僕の場合、舌は唇に触れています。これは西條さんも言っていたのですが、その方が全音域で効率よく、万遍なく音が並び、しかも速いタンギングが可能になると思います。


─先ほどからお話いただいている「力まない」ための練習は、具体的には?

 やはりノーアタックで音を出す練習が良いと思います。それも、メトロノームに合わせて狙ったタイミングで音を出す練習を、僕はしています。いろいろな音域の音で、最初はノーアタックで、2回目はアタックを付けて同じように音を出すようにすると、ノーアタックのタイミングもつかみやすいですよね。これは僕がドイツでエサ・タパーニ先生に習った練習法に自分で付け加えたやり方です。エサは、主に息の初速を高めるためにノーアタックの練習を採り入れていました。
 ただし、ノーアタックの練習はすればいいというものではなく、きちんと見てくれる人がいない状態でやりすぎると、変な癖が付いてしまう可能性もありますので気を付けてください。


─岸上さんのおっしゃっていることは、最初の都響の特徴である「音の立ち上がり」と重なりますね。

 僕の中では、やはりそこを中心に考えています。今お話ししたようなことが理想の状態でできると、pのアタックも怖くなくなりますから。


岸上 穣



周りがうまい人ばかりで、負けず嫌いのせいか熱心に練習をするようになった

─先ほどドイツ留学時代の話が出ましたが、エサ・タパーニ先生の教えはどんなことだったのですか。

 まず絶対に掲げていたのは、「良い音」です。音色第一の人だったので、常に良い音、「魅せる音」で吹くことが大前提で、さっきの「息の初速」もその練習方法のひとつです。音楽的なことでは、フレーズの作り方など“熱い”ものが好きだったみたいです(笑)。僕も、一番は「音」だと考えていますし、「歌う」ということをとても大事にしています。


─ではもっと遡って、中学・高校時代の話をお願いします。

 中学校の吹奏楽部でホルンを始めたのですが、最初はあまり真面目な生徒ではありませんでした。読響でフルートを吹いていた叔父に冨成(裕一)先生を紹介していただいて、レッスンは受けていましたが。でも京都に転校した先がすごく吹奏楽の盛んな中学校で、周りは上手な人ばかり。負けず嫌いの性格のためか、がぜん熱心に練習するようになりました(笑)。
 高校は京都市立音楽高校(現在の京都堀川音楽高校)に進みましたが、とにかく練習の虫でした。というよりも、周りはほぼ山だったので練習しかすることがなかった(笑)。レッスンではマキシム・アルフォンスを1週間に2曲ずつ、コープラッシュを1曲ずつ仕上げて行くようなプログラムでした。遊びに行くのは花火大会とか、祇園祭くらいでしたね。祇園祭とはいっても鉾が立っているくらいで高校生にはよくわかりませんでしたが(笑)。
 東京藝術大学に進んだら、同期には読響の松坂(隼)君、先輩に読響の伴野(涼介)さんや東響の大野雄太さん、仙台フィルの齋藤(雄介)さんがいて、とにかくすごい人ばかり。それでいっそう練習に火が点きました。
 ドイツに行っても似たようなものでしたね。観光はしましたがお金もなかったし、基本的に好きなことを勉強とか仕事としてやっていたので、あまり遊ぶということを考えませんでした。街にカジノもあったのですがやりませんでしたね。「ホルンはギャンブルだ」と言っていた笠松さんには怒られそうですが(笑)。


─ドイツの生活というのはいかがでしたか。

 アレキサンダーのあるマインツの、ライン川を渡った隣町のヴィースバーデンに住んで、その町の歌劇場で仕事をしていましたので、マインツから来たエキストラの人に良いお店を教えてもらいましたよ。ライン川沿いを走る電車に乗るのが好きで、ケルンまで行って大聖堂を見たりビールを飲んだり、日本食が恋しくなるとデュッセルドルフまで行ったりとか。ライン川沿いはワイン作りが盛んですが、近くのワイナリーで働いている日本人と知り合いになっておいしいワインを紹介してもらったりもしました。飲んでばかりですね(笑)。



マウスピースのメッキはいろいろ試しました

─アレキサンダー社には行ったことありますか。

 うちから近いということもあって、よく行っていました。エサ(タパーニ)と一緒に行ったこともあるし、ワーグナーテューバを借りに行ったこともあります。知り合いのホルン吹きが日本から来たときに案内してあげたりとか。一番最初は、大学時代に守山(光三)先生に連れられて日本から行きました。そのときには工房も見せてもらいましたが、表は普通の楽器店でギターとかも置いてあるのが面白かったですね。工房は今は郊外に移転したそうですが。


─楽器のカスタマイズなどはされなかったですか。

 楽器はやっていないですね。マウスピースはいろいろなメッキに凝っていました。初めて自分で買ったマウスピースに金メッキをかけたのが最初です。メッキをかけた方が、ほんの少し抵抗感が増して、アタックをしたときに柔らかくなるような気がしています。楽器の抵抗感は好きではないのですが、マウスピースのメッキによる抵抗感は好きですね。でもプラチナメッキは失敗でした。僕にとってはきついし、全然音が飛ばない。アンティークゴールドというのも試してみました。見た目は良いのですが吹いたらダメで、インテリアとして家に飾ってあります(笑)。今使っているシュミット85は、リムと内側だけピンクゴールドのメッキをかけています。


─かなりマウスピースに凝っていますね。

 メッキはいろいろ試していますが、実はマウスピース自体を真剣に選んだことはありませんでした。「これで吹けているんだから、いいよな」という感じで、高校時代からシュミット11というモデルをずっと使い続けていました。でも2年前の日本音楽コンクールが終わって「今後自分の技術面をどうしていこうか」と考えたときに、マウスピース選びから始めたんです。今のマウスピースは、内径が以前のものよりも小さくなりましたが、音と音のつながりをもっとなめらかにしたい、音の立ち上がりを柔らかくしたいと考えて吹きやすいものを選びました。今はそれで落ち着いています。



都響のホルンのイメージが、アレキサンダーの音

─楽器などには、あまりこだわらない方ですか。

 アレキサンダーにはこだわっているつもりです。都響もアレキサンダーで統一されていますし。他の楽器でも、都響が目指しているホルンのサウンドに合えばいいと思うのですが、やはり同じ楽器だと作りやすいですよね。自分として、理想としているものがイメージしやすい楽器がアレキサンダーなんです。それから、高い音でpの表現の幅が広いところが好きです。特に、針に糸を通すような息の使い方で出す柔らかな高音のpはアレキサンダーの醍醐味かなと思います。


─アレキサンダーはいつからお使いなんですか。

 中学2年生から使っています。最初はシリアル#13000番台103。大学3年生のときには父親と賭けをして(笑)、「管打楽器コンクールで1位を取ったら楽器を買ってもらう」「2位だったら半額出してもらう」という約束でした。無事1位を取って新しい楽器を買ってもらえたのが、シリアル#23000番台の103。今使っているのは3台目で、#27000番台です。


─ずっと103なんですね。どこが魅力ですか。

 長年使っているのでくせがわかりやすいとか、形がかわいらしくて好きということもありますが(笑)。特に今の新しい103は伝統をきちんと生かしながら、良い意味でグローバル化されたというか、いろいろなニーズに応えられるようになっていると思います。何よりも、都響のホルンのイメージが、アレキサンダーの黄色の音なんですね。

岸上 穣

 




─さて、今後やってみたいと考えていることはありますか。

 来年29歳になりますが、30歳のときにちょうど都響も50周年で、大野さんが音楽監督に就任します。そんなふうに、僕も違うステージに行けるといいなと思います。
 その一つとしては、リサイタルをやりたいです。先日シンフォニア・ホルニステンの合宿にゲストとして参加してメンバーの小椋(順二)さんと話したときに、彼は必ず年に1回リサイタルを企画しているということを聞いたのがひとつのきっかけです。もうコンクールも受けられなくなる歳になってきますし、他人に評価してもらうのではなく、自己を高める方向に目線を変えていこうとも思いました。最初は小さなところから始めて、でも年に1回必ず続けられるようにしようとは思っています。
 第1回の時期はまだ迷っているのですが、2014年の秋か2015年の春を目標にしています。こう言ってしまったらやらなければいけなくなりますからね(笑)。そして、毎回1曲は委嘱して新曲をやりたいなと思っています。


─CDもぜひ出してください。

 そうですね。先日もそんな話になったのですが、もし出すなら、ホルンのオリジナル曲というよりは、ギターと一緒に演るような少しカジュアルな雰囲気のものを作りたいですね。アレキサンダーという楽器の音色はいろいろな方向に持って行くことができますので、それをクラシックばかりにとどめておくのももったいない。
 これは夢なのですが、リサイタルもゆくゆくはギターはもちろん、オルガンやハープなどと一緒にできたらと思っています。



「趣味」のコーナー

─ホルン以外の趣味は?

 服を見るのが好きですね。あと、運転も好きで、景色を見るのも好きなので、御殿場のアウトレットに行って、帰りは箱根の温泉に寄って来るとか。1人でも行きます。
 なんで服が好きになったのかなあ。大学に入って最初に住んだ町が下北沢だったので、安い服がたくさんあって、学生でも手に取りやすくて好きになったのだと思います。都響に入ったら入ったで、笠松さんもお洒落ですよね。「ホルンはお洒落じゃないとダメ!」と言われたこともありました。オーケストラのゲネプロと本番の間にかなり時間が空いていたりすると、買い物に出かけてしまいます。東京文化会館の本番前に何もないと、丸井にいたりとか。上野に限らず、近所にショッピングモールがあるようなところで練習とか演奏会があると、つい見に行ってしまいますね。


─オフの日でも、ホルンは吹きますか?

 今、1か月に1回は吹かない日を作るようにしています。贅沢な悩みかもしれませんが、ホルンから離れることによってまた吹きたくなるじゃないですか。仕事としてやっている以上はいくら好きでもストレスはあるわけで、でも離れてみるとまた「吹きたい!」と思える。もちろん1日空けた後は細心の注意を払うようにはしていますが、気分的にはリフレッシュします。


─今、一番欲しいものは?

 欲しいものはいっぱいありますけれど、今はアレキサンダー107が欲しい! どうしてもホルンの話になってしまいますね(笑)。


岸上 穣


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