アレキサンダーファン
2010年01月掲載
第39回 アレキファン的「ホルンの“ホ”」
ベルリン・フィルハーモニー・ホルン・カルテット 2009 日本公演 レポート[クリニック編]

 2009年10月に来日し、各所で素晴らしい演奏を聴かせてくれたベルリン・フィルハーモニー・ホルン・カルテット(以下、BPHQ。メンバーはシュテファン・ドール、クラウス・ヴァレンドルフ、ファーガス・マックウィリアム、サラ・ウィリス)だが、同時にクリニックやマスタークラスも数多く行なわれた。
 その中から、10月1日東京・大田区民ホール・アプリコと、10月6日に千葉県松戸市・森のホール21で行なわれたマスタークラス&クリニックの様子をレポートする。
 ちなみに、どちらも公開のマスタークリニックに関しては、演奏会のチケットがあれば無料で見ることができたのだが、演奏会前日や、平日の演奏会前に開催されたということもあり、お客さんがそれほど多くなかったのは残念だった。それほど、聞いて勉強になる、見て楽しめるクリニックであった。


大田区民ホール・アプリコ

 この日のマスタークラスは、あらかじめ受講希望のホルンカルテットを募集し、多数の応募の中から3団体がステージに上ることになった(中でも、ラッキー・ホルン・カルテットは「AHOC枠」として、メルマガにて募集した中から選考されたグループだ)。受講者4人に対して講師4人(それもベルリンフィルのホルンセクション!)という贅沢なクリニックである。


この日ドイツから到着したというBPHQの4人。お疲れの表情です(笑)

この日ドイツから到着したというBPHQの4人。お疲れの表情です(笑)


 1組目は吹奏楽団フェスタのホルンセクションが中心となって結成されたばかりのフェスタ・ホルン・カルテットで、ターナーの《バーバラ・アレン》を演奏。BPHQの4人はステージを降り、客席の思い思いの場所に座って聴いている。特にドールは後方の座席に座り、「ここまで音を届けてね」と言わんばかり。やはりベルが後ろを向いている(つまり、反射音を聴かせる)ホルンという楽器は、ホールの空間に音を響かせてなんぼ、ということを身をもって示している。
 技術的にも難しい曲を上手にまとめていたフェスタ・ホルン・カルテットに、まずマックウィリアムが曲の“精神”を説明。「ターナーはアメリカ人だが、私の故郷であるスコットランドの悲しいメロディをテーマとして用いている」と話す。これだけで表情が一変。ドールは「もっといろいろな人の前で演奏してください」と言い、サラ(すみません、いつもの通り彼女だけファーストネームで呼ぶことを許して下さい)は「皆さんは俳優でなければならない。シュテファン(ドール)のいる、後ろの席まで届くように、堂々と演技をして」と説く。ヴァレンドルフは「大きな音はうんと大きく、小さな音はうんと小さく。それが演奏を面白くするんです」とも。
 やはり、常に聴衆を意識している、プロの発言だ。
 アンサンブルとしては、ドールが「1番ホルンはもっとリードするように」と言えば、サラが「私は4番だけれど、私もリードします。全体の音がいつも聞こえるわけではないですからね」。実際のBPHQの演奏を見ると、身体全体を使って音楽を前に運んでいくドールやサラの姿が、それを実証しているのがわかる。


 
全てのグループに立って演奏するよう指示。こうすることで、音楽の表現が大きくなり、音も伸びやかになることが多かった

全てのグループに立って演奏するよう指示。こうすることで、音楽の表現が大きくなり、音も伸びやかになることが多かった

 
休憩時間には直接BPHQのメンバーに質問することも

休憩時間には直接BPHQのメンバーに質問することも

 

 2団体目は今回唯一のプロを目指すグループ、ラッキー・ホルン・カルテット。曲はケツィアの《サンク・ヌーベル》。さすがに響きの豊かさ(端的に言えば音の大きさ)で群を抜いていた。この「音の大きさ」は、BPHQが特に重要視している部分でもあるのだ(もちろん、大きければ良い、というわけでない)。
 女性4人によるカルテットだったせいか、BPHQの男性3人がさっとステージに上る(笑)。そして、立って吹くように指示。演奏中にドールが「もっと、もっと」と身体で示す場面も。演奏が終わってから「楽しかった?」と質問すると「今の方が楽しいし、楽に吹けた」との答え。ここでも、やはり聴き手に「見せる」(=「魅せる」)ことを繰り返し強調していた。


 本来は休憩のはずだったが、「明日のGPをしたい」と、BPHQの大サービスの演奏となった。曲はファリャの《三角帽子》より〈粉屋の踊り〉。やはり、大きなホールに響く彼らの音の豊かさは、受講者たちとは一線を画している。そして、ドールが常に音楽を前へ前へとドライブしていく。同時に、サラが闘牛士の真似をする、ヴァレンドルフがわざと音を立ててミュートを置くなど、茶目っ気もたっぷり。
 一流の演奏に加えて、お客さんを笑わせる演出まであるのだから、BPHQの演奏が楽しくないわけがない。これこそが、今回のマスタークラスで繰り返し言っていたことのお手本でもあった。


マスタークラスの間に“公開リハーサル”をするBPHQの4人。また、参加者はクリニック終了後、本当のリハーサルを見学できるという特典もあった

マスタークラスの間に“公開リハーサル”をするBPHQの4人。また、参加者はクリニック終了後、本当のリハーサルを見学できるという特典もあった


 最後に受講した板橋ホルンクラブはピアノ伴奏でシューマンの《コンツェルトシュトゥック》に挑戦。思い切って音を出した演奏だったが、この曲には人一倍思い入れのあるBPHQのメンバーからは様々な注文が飛んだ。「スタミナ的にきつい曲だから、fもmfくらいで演奏すべき」「音量を落として、もっとピアノの音を聴いて」「思っているほど強弱の差が客席に届いていない」「立って演奏すれば、ソリストとしてもっと音が通るはず」「力を入れて硬くならないように。スモー(相撲)ではなくて、シューマンですから」というドールの言葉に、客席は沸いた。
 そして、それらのアドバイスを受けた後の演奏は、格段にしなやかで叙情的、かつまとまりのあるものになっていた。




千葉・松戸 森のホール21

 さて、松戸の森のホール21では、市内の中学生19人を集めた大ホールでのマスタークラスと、リハーサル室で非公開のクリニックが行なわれた。大ホールはサラとドールが担当し、東京音楽大学のホルンカルテットのレッスンをヴァレンドルフが、聖徳大学の附属高校のクリニックをマックウィリアムが担当。


 
「ほら、あそこまで音を届かせて」とドール

「ほら、あそこまで音を届かせて」とドール

 
中学生にとっては、世界一流のホルン奏者のレッスンを間近で見て、音を間近で聴けるという貴重な機会だったはず

中学生にとっては、世界一流のホルン奏者のレッスンを間近で見て、音を間近で聴けるという貴重な機会だったはず

 

 大ホールでは、ベルリンフィルの2人のホルン奏者が、短い時間ながら中学生1人ずつを指導することに。学生たちはこの凄い状況を、はたしてどれだけ実感していたのだろう!
 まず自分の名前を言い、「何でもいいから」1フレーズを1人で吹く。まず、「自己紹介を大きな声で」とドール。そしてホルンも「もっと姿勢良く、顔を上げて、遠くに向かってもっと大きな音で」と繰り返す。ドイツ語で「もっと大きな音で」は「lauter」(ラウター)というのだが、最後の頃には中学生がこの単語を覚えてしまったほど。
 しかし、アドバイスを受け、そして実際にサラやドールが吹いた後には、見違えるような伸びやかな音が出せるようになっていた。「お手本の重要性」を改めて思い知らされた次第。




マックウィリアム式練習法・例

 さて、順不同になってしまったが、多くの場で教育に力を入れているマックウィリアムが、面白い練習法をいくつか教えてくれた。
 まず、「自分の音を聴いて、意識することが最も大切」と言って、自分で1つの音を吹き、その音を覚えておいて、少し間を置いてからもう一度同じ音を吹く。すると、明らかに2度目の方が良い音になる。これは「1回目の自分が2回目の自分に教えたんですよ」と言う。「自分の音をよく聴け」というのは基本中の基本だが、こうすればより具体的にそれを行なうことができる。


 また、アプリコでのホルンカルテットのクリニックで、より「アンサンブルとしてまとまりのある音を出すために」、互いの音を真似し合う練習として、1人がある音を吹いたら、少し間を置いて次の人がそれを真似する。さらに間を置いて次の人が同じように吹くというやり方を紹介していた。
 ここでは「真似する」ということが大切。互いの音を真似することで、お互いの吹き方に対する理解が深まり、結果としてアンサンブルが良くなるのだ。


 
聖徳大学の2つの附属高校の生徒たちが、マックウィリアムにクリニックを受けた。自分で上達できる基本的な練習方法を教えてくれた

聖徳大学の2つの附属高校の生徒たちが、マックウィリアムにクリニックを受けた。自分で上達できる基本的な練習方法を教えてくれた

 
こちらは東京音大の学生をヴァレンドルフがレッスン。さすが、音楽的に細かな部分まで突っ込んでいた

こちらは東京音大の学生をヴァレンドルフがレッスン。さすが、音楽的に細かな部分まで突っ込んでいた

 

 ここでレポートできたのはほんの一部だが、やはり一流のホルン奏者が言うことは、それだけで演奏をまるで変えてしまう力を持っていることを納得した。そしてBPHQのコンサートを聴くと、それがさらに実感として理解できるのだ。



アプリコでのマスタークラスを受けたラッキー・ホルン・カルテットさんより、感想文が届いた。
ラッキー・ホルン・カルテットの4人
ラッキー・ホルン・カルテットの4人
  「ホルンを簡単な楽器だと思っている人は間違っている。とは言え、“ホルンは難しい・緊張して手足が震える・肺活量が少ない・体が痩せている”などお客様は誰も気にしない。だから私たちは運動して体を鍛えたり、自分の持っている息を全力で使って、どんな状態でも音楽でお客様を楽しませるということを決して忘れてはいけない。怖がらないで、さぁ、演奏して!! シュテファン・ドールさんをはじめとしたカルテットの皆さんが教えてくださったのはそういうことであった。
 レッスン後もバックステージで楽器の構え方や呼吸法などを目の前でやってみせてくれた。あのような演奏ができるのは才能もあるのだろうが、地道な努力も必要に違いない。プロは言い訳をしない、とはまさにこういうことだと思った。今回のレッスンで学んだことを学んだだけで終わらせないようにしなければいけないと思った」



〔協力〕
公益財団法人 大田区文化振興協会
財団法人 松戸市文化振興財団
株式会社 アスペン


文=「アレキサンダーファン」編集部 今泉晃一

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