アレキサンダーファン
2008年7月掲載
第32回 アレキファン的「ホルンの“ホ”」
シュテファン・ドール ホルンリサイタル&マスタークラス in Tokyo シュテファン・ドール ホルンリサイタル&マスタークラス in Tokyo
大いに充実したAHOCミュージックキャンプ(5月10日〜12日)の後、シュテファン・ドール氏は東京に戻り、5月14日は浜離宮朝日ホールでリサイタル、翌15日は救世軍本部山室記念ホールにてマスタークラス&ミニコンサートを行なった。その模様をレポートしよう。


シュテファン・ドール ホルンリサイタル

キルヒナー《オルフェオの嘆き》のリハーサル風景。ベルから出た音をピアノ内部に反響させるため、演奏位置が重要となる
キルヒナー《オルフェオの嘆き》のリハーサル風景。ベルから出た音をピアノ内部に反響させるため、演奏位置が重要となる


冒頭の写真でもおわかりいただいたかもしれないが、ドールさんの気さくで陽気な人柄はとても魅力あふれるものだ
冒頭の写真でもおわかりいただいたかもしれないが、ドールさんの気さくで陽気な人柄はとても魅力あふれるものだ


リハーサル中やカメラを向けたときの表情が豊かだったのも印象的。こういう人柄が、あの音楽性につながるのだと納得
リハーサル中やカメラを向けたときの表情が豊かだったのも印象的。こういう人柄が、あの音楽性につながるのだと納得
 リサイタルはピアノに横山歩さん、特別ゲストとしてクラリネットの赤坂達三さんを迎えてのステージ。まず注目はそのプログラム。前半が20世紀前半に書かれたフランスの作曲家による小品、後半が20世紀のドイツ作品を集めているが、デュカスの《ヴィラネル》以外はホルン吹きにもそれほど知られていない曲ばかり。しかし、結果として聴衆をまったく飽きさせないどころか、ぐいぐいと演奏に引き込んでしまった。
 個人的感想ですが、これほど見知らぬ曲が並んだ演奏会が、これほど短く感じたのは初めてだった。

 冒頭のポール・ル・フレム《ホルンのための小品》から、まずその明るく、柔らかく、そして伸びやかな音色で聴き手を魅了する。特に高音のffなどは聴いていてカタルシスを感じるほど爽快。
 しかも、音量、音色を含め、表現の幅が極めてダイナミック。ル・フレムの曲は様々なホルン的要素が入っているのだが、その時々にあわせて自在に表現を変化させるのだ。このフレキシビリティこそが、ドールという人の一番の持ち味のような気がしている。

 もうひとつは、楽器を吹くという行為が、音楽表現をまったく妨げていないこと。もちろん耳に聞こえるのはホルンの音色なのだが、それは同時にドール氏自身の声であるように、聴き手には感じる。「音が外れやすい」「レガートが苦手」「ギネスブックで世界一難しい楽器と認定されている」など、いったいどこの世界の話なのだろうか、とさえ思ってしまう。

 2曲目、シャルル・ケックランの《小品》は同じようなパターンの音型の繰り返しで成り立っている曲だが、淡い墨のような色から始まって陽光の挿すクライマックスに到り、再び薄暮に帰っていくような、グラデーションの豊かなドールのホルンが曲を一層魅力的に感じさせる。

 3曲目は赤坂達三さんのクラリネットで、ドビュッシーの《ラプソディー第1番》。クラリネットの主要レパートリーの1曲であるが、曲の表情がくるくると変わり、またその触れ幅が大きい。赤坂氏はドールに負けじと(?)とても繊細かつダイナミックな演奏を披露してくれた。
 不思議だったのは、今ホルンを聴いているのか、クラリネットを聴いているのか判然としがたい瞬間があったこと(居眠りしていたわけでは、決してありません)。もしかすると、一流の演奏家というのは楽器の違いを超越してしまうのかもしれない。

 再びドールのホルンでデュカスを2曲。初見用小品である《ホルンとピアノのためのアンダンティーノ》と、ホルンソロとしては有名な《ヴィラネル》。ここでひとつ発見したこと。ベルリンフィルの首席を務めるドールだが、高音はもちろん、低音までよく鳴ること! 普段我々が「上吹き」とか「下吹き」とか言っているのがとても狭い意味であることを実感させられてしまう。
お宝画像(?)その1。シュテファン・ドールのアンブシュアがこれだ
お宝画像(?)その1。
シュテファン・ドールのアンブシュアがこれだ

お宝映像(?)その2。少し見づらいが、シュテファン・ドールの右手がこれだ。写真で見るとかなり閉じているように見えるが、それは手が大きいため。実際はかなり開けて吹いていた
お宝映像(?)その2。
少し見づらいが、シュテファン・ドールの右手がこれだ。写真で見るとかなり閉じているように見えるが、それは手が大きいため。実際はかなり開けて吹いていた
決してベルを膝に置くようなことはしない
決してベルを膝に置くようなことはしない

 休憩を挟んで後半はドイツの作品。フォルカー・キルヒナーの《オルフェオの嘆き》は1986年作曲というだけに、現代風の様々な手法が使われていた。まず、ホルンのベルをピアノの内部に向けて構え、弦を共鳴させてリバーブのような働きをさせる。ホルンがアルペジオを吹くと共鳴によって和音が残り、そこにまたホルンのソロが入ることで、独特の幻想的な効果を得ている。ピアニストが直接弦を弾く場面もあった。
 曲調はレシタティーボ風ながら、内に秘めた嘆きから髪を振り乱した叫びまで、タイトル通りの印象を受ける演奏だった。作曲者の意図を十二分に表現することに成功していたと言える。

 最後はドール、赤坂、横山によるカール・ライネッケの《クラリネットとホルン、ピアノのためのトリオ》。ドール&赤坂というのはある意味夢の共演でもある。演奏される機会は少ないが、ロマンティシズムが全編に漂う、とても美しい曲だ。
 ステージ上の3人の演奏者が自身の音楽性を戦わせて火花を散らしつつも、それが融合して一つの音楽を作り上げていく様に、聴衆は皆魅了された。通常だとこの編成ではホルンは音量的に遠慮しがちだが、朗々と歌いつつクラリネットの音をさえぎらないドールの音色はまさに見事。クラリネット、ピアノの2人もそれに影響されてか、終盤にはかなりヒートアップしていたようだ。それがまたこの曲の爽やかなフィナーレと絶妙にマッチしていて、リサイタル全体の高い満足度と相俟って拍手がいつまでも鳴り止まなかった。
ライネッケのトリオを演奏する3人。相当な熱演であり、これを聴けた人たちは幸せだった(もちろん私を含めて)
ライネッケのトリオを演奏する3人。相当な熱演であり、これを聴けた人たちは幸せだった(もちろん私を含めて)

赤坂氏のクラリネットソロに聴き入るドール氏。彼自身、このトリオを楽しんでいたことがわかる
赤坂氏のクラリネットソロに聴き入るドール氏。彼自身、このトリオを楽しんでいたことがわかる
使用楽器はアレキサンダー103MBL。思い切って吹いてもクラリネットの音をさえぎらず、しかも美しく溶け合う。もちろん演奏する人によるが、この楽器はそういうポテンシャルを持っているのだ
使用楽器はアレキサンダー103MBL。思い切って吹いてもクラリネットの音をさえぎらず、しかも美しく溶け合う。もちろん演奏する人によるが、この楽器はそういうポテンシャルを持っているのだ
演奏会終了後のシュテファン・ドール氏と赤坂達三氏
演奏会終了後のシュテファン・ドール氏と赤坂達三氏

シュテファン・ドール マスタークラス&ミニコンサート シュテファン・ドール マスタークラス&ミニコンサート


 リサイタルの翌日は、3人の受講者を迎えてのマスタークラスとミニコンサート。
 1人目、武蔵野音楽大学2年生の堀風翔さん(ピアノは伊藤まゆみさん)はアニシモフの《ポエム》を演奏。ドール氏は客席に座ったり、ホールの一番後ろに行ったりしながら聴いている。指導内容は、個々の曲の解釈やテクニック的なことよりも、ホルンを吹く上で基本的なことが中心であり、さらには音楽を演奏するという本質に関わることが多かった。これはどの受講生に対しても一貫していた。

掘風翔さん。「左手の肘を上げて姿勢を良く。アンブシュアにも気を付けて……」。決して厳しくはなかったが、受講者が気をつけなければならないことは多い
掘風翔さん。「左手の肘を上げて姿勢を良く。アンブシュアにも気を付けて……」。決して厳しくはなかったが、受講者が気をつけなければならないことは多い


息をまっすぐに出せているかどうか確認。やはりホルンは息で吹く楽器だと、(当然のことながら)再確認
息をまっすぐに出せているかどうか確認。やはりホルンは息で吹く楽器だと、(当然のことながら)再確認


「誰とともに音楽を作り、誰に聴かせるのか」。このことを常に考えて演奏する
「誰とともに音楽を作り、誰に聴かせるのか」。このことを常に考えて演奏する
 その1。姿勢を正しく。「視線は上に向け、片目で譜面、片目でピアニストを見ること」と言い、常に楽器を構えた左腕の肘を上げるようにしていたことがずっと印象的だった。そして右手を開くこと。

 その2。息をまっすぐに出すこと。音の1つ1つに対してではなく、あるフレーズに対して前もって息を入れておき、もっと息をつなげて行くように。

 その3。ピアニストとともに音楽を作ること。まず演奏位置をピアニストに近づけ、体もそちらの方を向くようにする。さらにはピアニストのすぐ横に移動して演奏させていた。

 その5。「大事な音と大事でない音を吹き分けてください」と譜面を見ながら「大事な音」を示し、それを中心にフレーズを作っていくように指示した。

 その6。これが実は最重要ポイントだろう。ドール氏が「人はなぜ音楽をするのか」と質問。受講者である堀さんが「楽しいから」と答えると、さらに「では、自分が楽しむためか、他の人を楽しくさせたいからか」と質問を重ねた。堀さんが「両方」と答えると、ドール氏は「良い答えですね」と笑い、「聴いている人に、お話をするように吹いてください。音楽をするということは、あなたの何かを見せると言うことですから」。そしてたまたま目の前に座っていた女性を指し、「今日は彼女のために吹いてください」。しかしこれで堀さんの演奏が明らかに変わるのだから面白い。
 「常に、音楽で何を語るのかを考えつつ吹く」というドール氏の教えは、前日のリサイタルを聴けば、まさに自身が最も大切にしているということが実感できる。

 2人目の受講者は国立音楽大学3年生の丁晃子さん(ピアノ:横山さやかさん)。R.シュトラウスのホルン協奏曲第1番を吹いた。
 まず、「姿勢、息」ともう一度繰り返す。特に冒頭は「もっと息を入れて、もっと大きな音で。唇を使うのではなく、息だけで吹く感じで、もっと体を使って吹いてください」と言う。「もっと大きな音」というのが端的だがドールらしくて、思わず微笑んでしまう。その後も「のどを開いて、口ではなく息で吹く!」「息を止めないで、いつも青信号で」とか「息を100%以上の力で」と何度も繰り返し強調していた。
 ここでは、高音や低音の実践的な練習法も披露してくれた。まずハイトーンは、ゲシュトップで練習することで、息を使う訓練になるのだと言う。ゲシュトップの状態で、ハイトーンが出てくるフレーズを低めから半音ずつ上げていく練習をするそうだ。一方低音では、「もっと大きな音で!! いつもmfではなく、ffでも練習すること」。同じベルリンフィルのサラ・ウィリスといい、やはり“大きな音”のプライオリティは高いようだ。つまり、音量=ダイナミクスの幅が広がるということは、すなわち音楽表現の1要素の幅が広がるということなのだろう。
丁晃子さんも、やはり左肘を上げるように注意されていた
丁晃子さんも、やはり左肘を上げるように注意されていた

大きな身振りや、見事な歌声で演奏に対する表情付けをするドール氏
大きな身振りや、見事な歌声で演奏に対する表情付けをするドール氏

原川翔太郎さん。「唇をプレスしすぎない」練習ということで、左手を離した状態でリップトリルをする
原川翔太郎さん。「唇をプレスしすぎない」練習ということで、左手を離した状態でリップトリルをする


第2部のミニコンサートでR.シュトラウスのホルン協奏曲第1番を演奏するシュテファン・ドール氏。前半のクリニックで言っていたことを(これも当然ながら)完璧に実行していたことを、聴衆一同深く納得
第2部のミニコンサートでR.シュトラウスのホルン協奏曲第1番を演奏するシュテファン・ドール氏。前半のクリニックで言っていたことを(これも当然ながら)完璧に実行していたことを、聴衆一同深く納得

 3人目の受講者は東京藝術大学4年生の原川翔太郎さん(ピアノ:遠藤直子さん)。曲はゲディゲのホルン協奏曲。
 まずドール氏は、「唇のプレスしすぎ」を指摘。「ハイトーンを出すときに楽器を離すように意識して」と言い、実践としては左手を離し、右手だけで楽器を保持してリップトリルの練習をさせた。楽器は不安定な状態だから、確かに唇をマウスピースに押し付けようがない。
 そして、ブレスについてちょっと驚く発言があった。「もっとブレスの箇所を増やしましょう」と言うのだ。普段我々はなんとなく、フレーズをつなげるために、なるべくブレスの回数を減らした方がいいと思っていないだろうか。
 しかしドール氏は譜面を見ながら、「ここでも吸える、ここでもブレスできる。どうしてもっとブレスしないのか」と言い、どんどん印を付けていった。しかし回数を増やせばいいということではない。
 「曲が静かなところではゆっくり静かに息を吸うというように、音楽的にブレスすること」「いつもブレスの位置を決めて練習すること」ということだった。

 ドール氏のクリニックは身振り、手振りを交えてまるでショウのように楽しく、しかも受講者だけでなくそこにいた全員のためになり、誰でも深く納得できる内容だった。そして、曲の解釈や演奏テクニックなどについて細かくやっていないのに、受講者の最初の演奏と最後の演奏で、まるで別人のようになってしまっていることに驚いた。

 そして、休憩を挟んだミニコンサートでは前日のリサイタルと同じ横山歩さんのピアノで、R.シュトラウスのホルン協奏曲第1番を演奏。クリニックで話した内容を、今度は音で示してくれたのだった。

文・写真=今泉晃一(アレキサンダーファン編集部)



 東京でのマスタークラスの翌日には、名古屋の広小路ヤマハホールにてマスタークラス&ミニコンサートを開催。
受講者、演奏曲は次の通り。

[第1部 マスタークラス]
◎ 宇井 智美(名古屋音楽大学2年)
  ピアノ: 後藤 詩織
  受講曲: フランツ・シュトラウス/ホルン協奏曲
◎ 田中 小夜子(名古屋藝術大学卒)
  ピアノ: 若田 奈巳
  受講曲: レインゴリト・グリエール/ホルン協奏曲
◎ 愛知県立藝術大学ホルンセクション
  受講曲: グスタフ・マーラー/交響曲第5番

[第2部 ミニコンサート]
R.シュトラウス/ホルン協奏曲第1番
名古屋でのマスタークラスのひとこま。客席の後ろに立ち、そこまで訴えかけて来るかどうかを確認。そして身振りでもっと遠くに向かって吹くように指示する
名古屋でのマスタークラスのひとこま。客席の後ろに立ち、そこまで訴えかけて来るかどうかを確認。そして身振りでもっと遠くに向かって吹くように指示する




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